探偵作家・雑誌・団体・賞名辞典-も-


モーム,サマセット(William_Somerset_Maugham)

1874年(明7)、フランスのパリ生まれ。父は弁護士で弁護士協会の創設者であり、駐仏イギリス大使顧問。イギリスの代表的文豪であり、1928年(昭3)からはイギリス諜報部員も勤める。
最初、医者を目指していたが、1897年(明30)、長編小説「ラムベスのライザ」を刊行。
1924年(大13)、初めての探偵小説「手紙」を発表。
1928年(昭3)に「アシェンデン(秘密諜報部員)」を発表。
1965年(昭40)、死去。


藻波逸策(もなみ・いっさく)

1949年(昭24)、「ロック」第二回新人懸賞募集に投稿した「新当麻寺縁起」が第二席入選。

幻影城掲載誌:12/


森下雨村(もりした・うそん)

本名森下岩太郎。1890年(明23)、高知県佐川市生まれ。早稲田大学英文科卒。SF作家の森下一仁は親戚。
「やまと新聞」記者を経て、長谷川天渓の紹介で博文館に入社し、「冒険世界」の編集に携わった後、1920年(大9)、「新青年」初代編集長就任。翻訳探偵小説を掲載する一方、1923年(大12)には江戸川乱歩を発掘した。
1925年(大14)、佐川春風名義で、「キング」に「深夜の冒険」を発表。
1926年(大15)、「新青年」に連作「五階の窓」第三回を掲載してから森下雨村の名をつかいはじめる。
1927年(昭2)、横溝正史に「新青年」編集長を譲り、「文芸倶楽部」主筆。ついで編集局長となるが、雑誌「朝日」の失敗が影響して、1931年(昭6)に博文館を退社。
1932年(昭7)、「報知新聞」に「青斑猫」を発表。
1932年(昭7)、「探偵小説」にクロフツの「樽」を初紹介する。
1933年(昭8)にスカーレットの「白魔」を「新青年」に訳す。
1940年(昭15)、足の不自由な父親のため、故郷の高知へ帰郷し、農耕生活に入る。
1965年(昭40)、脳軟化症のため死去。

幻影城掲載誌:7/16/33/35/別冊幻影城掲載誌:16/


森田思軒(もりた・しけん)

本名森田文蔵。1861年(文久1)、岡山県笹岡生まれ。別名羊角山人、白蓮庵主人、紅芍園主人。英語の逐語訳で有名となり、翻訳王と呼ばれた。翻訳の文体は思軒調とも呼ばれた。矢野龍渓に師事し、弟子は原抱一庵
1882年(明15)、報知社に入社。
1887年(明20)、ヴェルヌの「仏・曼二学士の譚」を訳す。
1888年(明21)、笠峯居士名義で「幻影」を発表。
1897年(明30)、死去。死に際しては、蔵書を「思軒文庫」としてまとめ、黒岩涙香に贈った。


森村誠一(もりむら・せいいち)

1933年(昭8)、埼玉県熊谷市生まれ。青山学院大学英米文学科卒。
新大阪ホテルを経て、都市センターホテルに勤めているとき、そこを仕事場としていた梶原季之の影響で小説を書きはじめる。
1965年(昭40)、「サラリーマン悪徳セミナー」を刊行。
1967年(昭42)、社会小説「大都会」を刊行。
1967年(昭42)、「殺意の架橋」がオール読物推理小説新人賞最終候補となる。
1969年(昭44)、「高層の死角」にて第15回江戸川乱歩賞受賞。
1970年(昭45)に「小説サンデー毎日」に発表した「企業特訓殺人事件」は日本推理作家協会の「推理小説代表作選集 推理小説年鑑 1971年版」に収録される。
1970年(昭45)に刊行した「新幹線殺人事件」「虚構の空路」が1971年(昭46)、第24回日本推理作家協会賞の候補となる。
1971年(昭46)に刊行した「密閉山脈」が、1972年(昭47)に第25回日本推理作家協会賞の候補となる。
1971年(昭46)に「オール讀物」に発表した「精神分裂殺人事件」は日本推理作家協会の「推理小説代表作選集 推理小説年鑑 1972年版」に収録される。
1972年(昭47)、「サンデー毎日」に連載した「腐食の構造」で、1973年(昭48)、第26回日本推理作家協会賞を受賞。
1972年(昭47)に「小説新潮」に発表した「殺意の造型」は日本推理作家協会の「推理小説代表作選集 推理小説年鑑 1973年版」に収録される。
1973年(昭48)に「小説現代」に発表した「情熱の断罪」は日本推理作家協会の「推理小説代表作選集 推理小説年鑑 1974年版」に収録される。
1974年(昭49)、「小説現代」掲載した「空洞の怨念」で、1975年(昭50)に小説現代読者賞受賞。
1974年(昭49)に「オール讀物」に発表した「魔少年」は日本推理作家協会の「推理小説代表作選集 推理小説年鑑 1975年版」に収録される。
1975年(昭50)、「野性時代」に掲載した「人間の証明」で、第三回角川小説賞受賞。
1975年(昭50)に「小説新潮」に発表した「紺碧からの音信」は日本推理作家協会の「推理小説代表作選集 推理小説年鑑 1976年版」に収録される。
1976年(昭51)に「小説新潮」に発表した「神風の殉愛」は日本推理作家協会の「推理小説代表作選集 推理小説年鑑 1977年版」に収録される。
1977年(昭52)に「野性時代」に発表した「野生の証明」が「週刊文春」の77年「傑作ミステリーベスト10」の3位に選ばれる。
1977年(昭52)、「人間の証明」映画化とともに、角川文庫にて大ブームが巻き起こり、一世を風靡した。
1977年(昭52)に「小説宝石」に発表した「雪の螢」は日本推理作家協会の「推理小説代表作選集 推理小説年鑑 1978年版」に収録される。
1978年(昭53)に「小説宝石」に発表した「死原香」は日本推理作家協会の「推理小説代表作選集 推理小説年鑑 1979年版」に収録される。
1981年(昭56)、「悪魔の飽食」を刊行し、ベストセラーとなるが、1982年(昭57)の「続・悪魔の飽食」で写真を誤用する。
1985年(昭60)に「小説宝石」に発表した「完全犯罪の鏡像」は日本推理作家協会の「推理小説代表作選集 推理小説年鑑 1986年版」に収録される。
1986年(昭61)に「小説新潮」に発表した「お停まり地蔵」は日本文藝家協会の「ベスト小説ランド 1987」に収録される。
1988年(昭63)に「小説新潮」に発表した「剣菓」は日本文藝家協会の「代表作時代小説 平成元年度」に収録される。
2003年(平15)、第7回日本ミステリー文学大賞受賞。

幻影城掲載誌:33/作家が語る探偵小説観/日本長編推理小説ベスト99/


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